1月13日午後、北浜にある適塾を訪ねた。
商都大阪北浜の高層ビルの立ち並ぶオフィス街に、その1画だけ江戸時代の町屋の佇まいで、異次元の空間を醸し出している。
大阪大学医学部の前身であるだけでなく、日本の蘭学塾の唯一の史跡である。
この塾で学んだ多くの有意の門下生が、やがて明治維新をもたらす政治の動きに身を捧げていった橋本佐内や大村益次郎、教育の分野であまりにも有名な福沢諭吉、初代衛生局長の長與専齋がいた。また塾頭であった大鳥圭介は幕府の歩兵奉行に取り立てられ、戊辰戦争で敗れて函館の五稜郭に立てこもり、敗軍の将となるが、のち赦免されて、明治の外交・殖産・教育分野で大活躍をする。
同じく適塾出身で幕府軍にいた高松凌雲は官軍・幕軍を問わず傷病兵を助け、日本で初めて赤十字博愛精神を実践し、のちに日本赤十字ができる礎となったが、その初代総裁はやはり適塾出身の佐野常民であった。
病弱であった緒方洪庵を支え、多くの塾生の面倒を見た八重夫人の陰の功労も忘れてはならない。